A様邸は玄関周りが広くなっており、既に敷石によってステップ調のアプローチが設置されておりました。
アプローチ以外の部分には苔が張られておりましたものの、やはり野良猫の被害により維持が困難となってしまい、今回はこちらの撤去に併せて私の方で和庭としてデザインを施す事となりました。
アプローチは庭スペースの右寄りに設置されており、左側の半分以上が空間になっている事が解ります。
ここへ樹高のある木を植栽したり隣地境界を目隠しする為には、樹形や樹種に細心の注意を払う必要もあります。
樹形を誤ればアプローチの歩行が困難となり、境界目隠しの植樹は成長による越境も踏まえておかなくてはなりません。
限られた空間の中で和庭の奥深さをどう演出する事が出来るかが、今回のデザインの課題となりました。
坪庭風のデザインを加えて仕上がったアプローチの様子です。
歩行する部分は徹底して空間を確保し、歩きやすさと明るく見せる視覚効果を得ています。
和庭のシンボルツリーとなるイロハモミジは樹高4mクラスの一本幹の樹形であり、これは右側へ自然に傾いだ木をお選び致しました。
燈篭と手水鉢は一対として風情を感じさせ、左側へ向かう飛び石によって奥深さを演出しています。
手水鉢から続く枯流れが動きを感じさせ、植栽が無い部分もデザイン上で重要な役割を持っています。
石燈篭は実際に明かりを灯す為のものとして庭に取り入れられてきた歴史もあり、手水鉢を照らす為の「水照らし燈篭」は口を清める蹲(つくばい)を構成するものの一つです。
こちらのお庭ではアプローチと手水鉢を照らしている様な据え付けとしており、デザイン上も自然に馴染んでいます。
燈篭の周りは緑濃く植栽を繁茂させており、石材添景物を柔らかく見せています。
イロハモミジの足下へ低木を多く植えられるのも、この木が単幹樹形であるからこそと言えます。
株立ち樹形であれば足元の造形は制限され、低木類を多く植栽する事は難しくなります。
また、単幹樹形の木は枝葉が上から被さるという風景を作りやすく、これは庭木と燈篭を合わせる上で非常に有効と言えるでしょう。
手水鉢にモミジの枝葉が被さる風景は、昔から和庭で親しまれてきたものと言えるでしょう。
使用した手水鉢は知足型であり、文字の刻みも美しいお品を使用しております。
近年は輸入品でも石材価格が上がり続けており、決して安価な物ではございませんが、石材添景物は長きに渡り難しいメンテナンスも必要とせずにお庭を引き締めてくれます。
少量の庭木でデザインをまとめる和庭には、これからも石材添景物は欠かせない存在であると思います。
飛石は奥へ進む程に少しずつ上がっていく階段状の据え付けを行っており、僅かな高低差が庭に立体感をもたらします。
アプローチから分岐する様に小庭の奥へ続く飛び石は、諏訪鉄平石にスリ加工を施したものです。
鉄平石の飛び石は割れ肌で角が立ちやすく、表面も自然な歪みが残っている事が多く、しばらく雨水が溜まっている事もあります。
鉄平石の表面はかなり滑らかである為に、日陰に据えられると表面に苔が生えた時に滑りやすいという難点もあります。
スリ加工を施された鉄平石であれば表面に水溜りが出来にくく、ざらつきのある表面は滑りにくいというメリットが得られます。
ツヤの無い石肌が庭に落ち着きを感じさせるという効果もあり、和庭の素材としておすすめ出来る飛び石と言えるでしょう。
飛び石の渡りは燈篭の裏側まで続き、立水栓に辿り着く様に据えています。
既存の照明はこちらにも移設してあり、薄暗くなった時には飛び石や低木が幻想的に照らし出されます。
イロハモミジの木陰となる場所ですので、こちらは耐陰性のある低木や下草類でまとめています。
古くから和庭で親しまれるアセビやタマリュウの他、緑鮮やかなサルココッカ等も添えています。
枯山水とは水を用いず石や砂利によって流れを表現する技法であり、これは面積に関わらず手軽に取り入れられるものと言えるでしょう。
石組みによって川を形成する事もありますが、面積が限られたこの様な場所でも砂利の大小を組み合わせる事で流れを表現出来ます。
砂利は表面的な模様だけでなく高さも自在である為、こちらでは石にぶつかった流れが向きを変える様も表現しています。
植物が育ちにくい場所や歩行する場所などで、是非手軽に取り入れていただきたいデザインです。
庭づくりを終えた後、こちらの人工竹による四ツ目垣を追加で施工させていただきました。
これによりアプローチへ自然に誘われる他、透かし垣の向こうに枯山水を感じる景色が作り出されました。
緑濃く見える小庭も、こうして歩行アプローチを眺めると明るく開けているのがお解りいただけると思います。
モミジは単幹樹形なので枝葉は頭上に展開していく様に育っていき、歩行に支障をきたす事はありません。
但し垂れ下がってくる様な枝は剪定によって整理していく事は必要です。
庭木を植える部分と全く植えない部分を明確に分けるのも和庭でよく見られるデザインであり、これは使い勝手の良さや庭木の成長促進も考えられた結果とも言えます。
和庭の特徴として、今回の様に面積に関わらず自由にデザインを施せるという点が挙げられます。
小庭も坪庭も少ない庭木でデザインをまとめるのが容易である事から、小さな場所はメンテナンス性も良い庭を作りだせる可能性に満ちています。
狭い場所を美しい庭に見せる和風のデザインを、是非お住まいに取り入れて見ては如何でしょうか。