S様邸にはリビングに面して長細いスペースがありましたが、施工前は庭として活用をされておらず砕石が敷き詰められている状態でした。
そしてこの度、こちらのスペースへ室内から続くサンルームを新設される事となり、そちらに併せて弊社に和風の庭づくりのご依頼をいただきました。
ご参考を戴きましたのは以下の施工事例、
枯流れが奥まで続く、和風情緒溢れるお庭-杉並区M様邸
であり、この様な自由に続く枯山水の流れを、限られたスペース内で表現するべくデザインを行わせていただきました。
お庭となる場所は正面に見える新設中のサンルームから、そして左手リビング窓から眺める為の物であり、撮影地点であるウッドデッキを合わせれば三方を囲まれた「坪庭」という位置付けとなります。
お庭の奥行きが2m以下という条件ではあるものの、この面積において枯山水を表現するに適した庭石選びを行い、どこか自然味を感じられる植栽を施す事を心掛けました。
完成した坪庭は枯流れが縦断し、そこへ庭木が自然に傾いでいる風景が基本となっています。
流れの始点を表す滝口を照らす織部燈篭、流れの中間を照らす燈篭、流れの終点にはサンルームから眺められる知足型手水鉢という様に、石材添景物を適所に配しております。
中央の岬燈篭はリビングから和庭を眺めた際に重要なポイントとなり、メインである「サンルームからの眺め」では、全ての添景物が左右に振られた事で生ずる遠近感を伴って視界に入ります。
枯山水の流れは大小の庭石(鳥海石)を組み合わせ、庭石同士の合わせを一石一石試しながら出来るだけ曲線を描く様に組んでいます。
流れの中の砂利については、割石類を用いれば荒い流れが表現されますが、今回の様に玉砂利を用いれば静かで落ち着いた流れを表現する事になります。
左手に敷かれた錆砂利と黒玉砂利のコントラストを効かせ、流れの存在感を明確に打ち出す様にしています。
手水鉢周囲の庭木は、コハウチワカエデやセイヨウカマツカ等の雑木類を積極的に取り入れています。
この様な庭木は古くからその場所で生きていた様な雰囲気も出してくれる為、既に年月を経ている様な風情も感じさせてくれるものです。
古くはマツやマキ、梅といった樹木が使われていた和庭ですが、雑木類の庭の方がローメンテナンスであるという玄逸的なメリットもあります。
適度な「透け感」を持った雑木類であれば庭の足元のデザインもしっかりと視界に入りやすく、観賞面においても優れていると言えるでしょう。
流れの中程に位置する岬燈篭の周りには、季節感を感じられたり葉色が美しい低木類を植栽しており、ここがリビングから眺めた際のメインビューである事を重視しています。
程良く枝の曲がったヤマアジサイを始め、苔山の様に密に育つブルーマウンド、ローメンテナンスで黄色い小さな葉を持つヒメトベラ等を選んでいます。
下草類であるセキショウは黄金色と斑入りのものを使い分け、周囲の明暗に合わせる様にレイアウトを行っています。
岬燈篭が置かれる台石は甲州鞍馬石を使用しており、濃い赤茶色が庭園材として美しい存在感を放ちます。
サンルーム側から眺めるこちらの向きが流れのメインであり、庭石の向きや表現もこのアングルを重視して作り込みを行いました。
遠くに見える滝口から流れが左右に振られていますが、その際に庭石が見せる動きが見所であり、せり出す部分の庭石は和庭の中で活き活きとした動きも感じさせてくれるものです。
流れを構成する庭石は僅かでも高低差を設け、せり出し部分は特に大き目の石を選んで組み付けます。
必要にして最低限の植栽数でまとめた庭ですので石類の表現が損なわれる事も無く、あくまでも枯山水の流れがメインである坪庭と言えます。
和庭において流れの始点を表現する場合、古くから滝を見立てた石組みが行われてきており、滝石とも呼ばれる庭石を立て付け、左右にも石を付けて三石で構成する事が基本とされてきました。
今回の作庭では手作業で運び入れられる庭石サイズが限られていましたが、鳥海石は庭石の中でも軽量な部類であり、意外と大きなサイズも手運びを行う事が出来ます。
そのメリットを活かし今回は大きめの石を滝口に用いる事ができ、離れたサンルームから眺めても存在感のある滝口を作る事が出来たと思います。
右手前に見えるのはスポットライトであり、敢えて低い位置へ光を投じて滝口を浮かび上がらせる様にしています。
ライトアップ時は庭石が作り出す陰影が美しく、周囲の植栽もぼんやりと浮かび上がる事でしょう。
流れの始点とは異なり、下流を表現するこのエリアは小さめの石を複雑かつ適切に組み込んでいます。
全体的に植栽が優しく包み込む空間をデザインしており、自然の「曲がり」を持った庭木を選んで植栽しています。
燈篭に被さる様にレイアウトしているのは、コハウチワカエデに加えヨシノツツジも季節感を楽しめる花木として採用しています。
ヨシノツツジは葉数が少ない半常緑性のツツジであり、春には手水罰周りでツツジの美しい花とコハウチワカエデの新緑を楽しむ事が出来るでしょう。
お庭の背後は人通りもあり、このウッドフェンスは目隠し効果をメインとして施工をしておりますが、坪庭の背景としての景観効果も担っています。
フェンスについては天然材を使用するご希望も戴いており、今回は和洋どちらにも馴染むルーバータイプのウッドフェンスをお作り致しました。
ウッドフェンスの上には自然の木々が見え、借景効果として坪庭に美しさを添えてくれています。
左手に見えますのは織部燈篭に被せる様に植栽したイロハモミジですが、この木は背景の自然と融合させる効果も持っています。
自然の中に作られたような和風坪庭が、お住まいに瑞々しい美しさをもたらしてくれます。
ウッドフェンスの効果は和庭における垣根と同じく、植栽の数を必要としないデザインを可能とする所にあります。
背景が美しい木材であれば植栽の無い場所も美しく見え、いわゆる空間美を取り入れる事が出来る様になり、岬燈篭のディテールもはっきりと浮かび上がっています。
和風の庭をデザインする際、まず空間をどこに設置するかを取り決めるケースも多く、これがシンプルで美しい和庭といったイメージに繋がっているものです。
無駄のない和庭では必ず美しい空間が存在するものですので、背景をしっかり設置する事がデザイン上でもおすすめと言えるでしょう。
サンルームから坪庭を見渡す様子です。
今回はこの眺めの為に作庭を行ったという事もあり、庭石や石材、植栽を含む全ての素材がこのアングルを意識してレイアウトされています。
ウッドフェンスがしっかりとプライベート感を確保し、流れの動きや形も奥の滝口まで見渡す事が出来ます。
植栽は枝葉が少ない物を選んでおり、これは庭の奥が見えなくなってしまう事を避ける為に行っています。
コハウチワカエデもセイヨウカマツカも元々枝が少ない樹種ではありますが、植栽時には剪定を行っており、強く走るであろう枝は外してあります。
逆に横向きに伸びる細枝は適切に残しており、今後は庭木が流れに被る様に育てていくイメージとなります。
サンルームから身近に感じられるこのポイントですが、ご相談時より大まかなイメージはお伝えしておりました。
通常手水鉢は前に立つ前石という飛び石に向けて設置しますが、今回は眺める方向に向けて設置するというアレンジを行っています。
しかし和庭の形式は取り入れたいものですので、手水鉢の左右には蹲踞で用いられる「役石」に見立てた大きめな石を据え付けています。
この二石は内側に丸く窪んでいる物を選んでおり、手水鉢に沿った様なラインに仕上がっています。
右手前に見えるのは特注で切り出して制作されたくつぬぎ石であり、サンルームの窓から庭へ下り立つ為に設置しています。
かなりの重量がある為に搬入には難儀致しましたが、くつぬぎ石のしっかりとした重量感が和庭らしさを演出してくれます。
リビングから坪庭が視界に入りやすい様に、今回は作庭前に客土を行って庭の高さを20cm程上げています。
その効果でお住まいのフロアから庭が自然に繋がって見え、生活の中に坪庭が溶け込んでいる様な風景になっています。
ウッドフェンスが繋ぐ坪庭と林の融合も美しく、背後の大きな木は季節それぞれ異なる姿を見せてくれる為、それに応じて坪庭も四季を感じられる空間となる事でしょう。
今回の様に、坪庭は面積に関わらず無限のデザイン性を秘めており、特に和風の庭であれば表現自由度も高くシンプルで美しい表現を行う事が出来ます。
小さな面積だからと諦めていた空間でも、デザインによって美しい空間へ変わる可能性を秘めておりますので、坪庭に興味をお持ちの方は是非ご相談をいただければと思います。