U様邸は閑静な住宅街にあり、古くからの商店も点在する静かな環境にありました。
ご新築の設計において、当初より「浴室から眺める坪庭」を計画されており、今回造園を施した場所はまさしく浴室用に用意された空間でありました。
浴室の窓はリビング等と異なり高い位置にあるのが通常で、浴室から地面を眺められるケースというのはあまりありません。
しかし写真の様に予め「高さを上げたスペース」であれば浴室窓からもくまなく眺める事ができ、まさしく観賞用の坪庭づくりが行える事となります。
一見すると小さな花壇でしかない様な場所ですが、材料とデザインの工夫によって奥深い坪庭を施工する事となりました。
高さの上がった小スペースの坪庭なら、この様に浴室窓から足元のデザインを楽しむ事が可能です。
左手坪庭外にはソヨゴを植栽しており、このソヨゴが緑の中の坪庭という演出を担っています。
ソヨゴがある事で坪庭空間の四角形が中和され、空間そのものを自然な存在に見せてくれるという訳です。
浴槽でリラックスした姿勢でも、燈篭はもちろん睡蓮鉢や石組み、下草等、足元のデザインまで楽しめる坪庭となっており、まさしく憩いのバスタイムと言えるでしょう。
この坪庭の特徴としては、植栽を必要最低限の数に抑えている事も挙げられます。
決して植物にとって生育しやすい環境ではありませんので、日陰を好む下草や低木を選び、狭小箇所である事から成長も緩やかな庭木を使う必要があります。
主木として雪見灯篭に被さる落葉樹はセイキョウカマツカ(アロニア)であり、この庭木は春の花から実と花の紅葉まで楽しむ事が出来ます。
今回は特に風情を感じられる様、燈篭方向に自然に曲がりを持った樹形を選んでおり、元々そこに自生していた様な雰囲気になっています。
セイヨウカマツカの様な木であれば狭い場所でも株立ち樹形のナチュラル感を添える事も可能であり、地面から細い幹が複数立ち上げる風情が楽しめます。
既に坪庭の周囲を囲む人工竹垣が施工されてありましたので、植栽による無理な目隠しも必要なく、風通しの良いレイアウトが可能になっていました。
この坪庭のデザインの要となったのが雪見灯篭のレイアウトです。
当初は岬燈篭を使う案もあったのですが、お客様のお好みや、遠くから眺めた際の存在感を総合的に考え、こちらの燈篭に決まりました。
なるべく燈篭を高く見せる為に、山波石組みの背後の土を盛り上げており、さらに厚みのある木曽石を台石に使う等、小さな面積の中で工夫を重ねております。
石組みについては睡蓮鉢を囲う様に、肉厚で土止め効果のある形の石を選んで組み付けています。
手前に来る程に庭石の高さは下げており、これは浴室から眺めた際に睡蓮鉢もしっかりと視界に入る事を留意しています。
主木であるセイキョウカマツカは樹高の割に軽やかで、存在感よりも風情を楽しむ存在です。
しかし手前の沈丁花は背の低い低木ながら葉が充実しており、雪見灯篭の足下を緑濃く彩ります。
沈丁花は日陰に向いた代表的な低木であり、アオキやセンリョウ等と共に古くから坪庭に植栽されてきた歴史があります。
特に沈丁花は切り戻し剪定によってある程度の樹冠を維持する事が出来ますので、面積が限られた造園でのレイアウトに重宝します。
下草類はセキショウやヤブコウジ、タマリュウをレイアウトしており、これらの下草は無用な増殖をしたり背丈が強く伸びてしまう事もありません。
耐陰性もあり、むしろ湿潤気味な日陰の方が美しく育つ事から、和風坪庭には欠かせない下草と言えるでしょう。
下草には景観の他に様々な役割・メリットがあるものです。
タマリュウであれば写真の様に、築山の傾斜を強調させる視覚効果に併せ、雨による土の流出を防ぐという効果もあります。
下草類が地面を覆っていれば、雨によって土が跳ねて周囲の石組みや砂利面が汚れる事も抑制されます。
セキショウ類が持つ美しい葉色は日陰の坪庭に華やかさを加え、庭の隅で目立ってくれる事で少しでも広い庭に見せる効果も期待できます。
造園、庭づくりのデザインにおいて「三角構図」はよく使われ、最も立体感や奥行きを表現できる手法と言えるのではないでしょうか。
これは面積に関わらず有効な事で、例えばこの小さな坪庭でも三角構図によるデザインを施しています。
主木、雪見灯篭、睡蓮鉢、この3つのフォーカルポイントは三角形で結ぶ様にレイアウトをしており、どこから見てもこの3つが遠近感を感じる組み合わせとなって視界に入る様になっています。
しかし今回の坪庭は浴室からのみ眺めますので、遠近感というよりも限られた面積を使い切る、という点で三角構図が活きているのではないかと思います。
坪庭施工の際、予め電源が繋がれていたスポットライトを各所へ設置しました。
光だけが自然に浮き上がる様にライトをセットしており、昼間とは全く異なる坪庭を楽しめます。
ライトアップを行う際に気を付けたい事として、
- 光源を見難くする事
- 隣家へ光を当てない事
- 明暗を大切にする事
これらが挙げられます。
ライト自体が視界に入らない様にすれば自然で幻想的な光に見えますし、総合的景観からすれば暗いままの場所も必要です。
全体を照らしすぎない様に、ライトアップは計画的に行いたいものです。