K様邸は非常にデザイン性の高いお住まいであり、今回の坪庭計画については建築中よりご相談をいただいておりました。
まず坪庭をデザインする中庭部自体に傾斜が付いており、「1階から中2階までの建物外動線」といった位置付けでもありました。
つまりこの中庭にデザインを施す場合、外部からの鑑賞だけに留まらない「通り庭」としての実用性も求められる事になります。
今回の作庭テーマとしては
- 雑木が美しく枝を伸ばし合う明るい林の様に
- 低い位置は低木や下草を繁茂させて緑深く
- 作為的に見えない自然な上り通路の設置
これらが要点となっており、方向性としては「ナチュラルな木々の中を歩いて登る坪庭」をデザインする事になりました。
また同時に、二階にあるリビングからも雑木の枝葉を楽しめる、山間のイメージも取り入れる様にしていきます。
完成時は多くの木々が繁茂して見える坪庭になりましたが、実は主な高木はこちらの3本のみで構成されています。
いわゆる三角構図によって無駄の無い立体感を確保しており、この「ずらし」によってそれぞれの木々が自由に枝を伸ばす空間を確保しています。
石庭の場合はこれが大石となって坪庭の骨格となりますが、雑木の庭づくりにおいては主要な高木が庭の骨格となり、最終的な景観を決めてしまう重要性を持ちます。
ここから登り道の石段や自然石の設置、中低木の植栽その他を経て坪庭が完成していきます。
完成した坪庭は野趣に溢れ、多くの木々が繁茂して見えるデザインですが、実際に植栽された木々は決して多い訳ではありません。
繁茂の様子を表現する事と実際に繁茂させる事は別であり、如何に効率の良い植栽レイアウトを行っていくか、後々の管理面を踏まえましてもここが最重要となる訳です。
このアングルは玄関ドア付近からの眺めですが、あえて手前に常緑樹のソヨゴを植栽する事によって「奥を見え難く」しています。
坪庭の全てを見せてしまわない事で奥への興味を引き、実際に坪庭の中を通らないと全景が解り難いようになっている訳です。
作為的に見せない石段は木曽石をランダムに寄せ付けて構成していますが、底にはコンクリートを使用しており頑丈な石段に仕上げています。
踏み心地も安定させる事が安全に繋がり、実際に歩けば頭上に木々の枝葉を感じる心地良い坪庭になっています。
頭上展開する雑木の枝葉が心地よい坪庭ですが、やはり上部の空間を活かしきった植栽が効いております。
3本の高木はイロハモミジ、アオダモ、ヤマボウシであり、三角構図によってそれぞれが自由に成長していける空間を残しています。
もちろん同種の植栽を行うのも自然に見えますし植栽同士の距離も詰められる様になりますが、やはり高木はそれぞれの趣を楽しめる様に、住宅坪庭らしい自由な樹種選定を行っています。
高木の樹高は3.5~4m辺りを設定しており、これは後述の二階からの眺め設計に関係しています。
次いで中木は1.8~2.5m程の樹高がメインとして寄せており、この高さの植栽は直感的な繁茂に結びつきます。
一目見た際の「賑やかさ」に最も貢献するのが中木の植栽群であり、坪庭の性格を左右する程の重要性を持ちます。
セイヨウカマツカやソヨゴ、斑入りトベラやブルーベリーといった、あらゆる樹姿の木々を植栽しており、それぞれ季節毎に見所を持っています。
ソヨゴやイロハモミジは特に解りやすいのですが、周囲の木々は僅かに石段側へ傾ぐ様な植栽を行っています。
元々木々が繁茂していた山道に後から手作りの石段が設けられた、そんなイメージの小道にするべく制作を行いました。
植栽の枝葉はあくまでも頭上展開させる事が重要で、実際に石段へ植栽を寄せてしまうと歩行に支障が出て危険を伴います。
石段の近くはあくまでも膝丈程度の低木や下草類を寄せ、木曽石が小さな植物と一体化している様な景色を意識してみました。
坪庭を離れて眺めた際はゴツゴツして見える石段ですが、実際はフラットな面を多く持たせた歩きやすい作りになっています。
木曽石の持ち味は自然に成型された平面であり、この面を上に向け、石同士が違和感なく接触する様に据え付けています。
石肌についても木曽石のざらつきは歩行用に優れており、日陰気味の環境でうっすら苔むした際も滑りにくく安全です。
石種によっては日陰で付着するコケによって非常に滑りやすくなり、特に石段については最も注意するべきポイントと言えます。
また木曽石は色も特徴的であり、明るすぎず暗すぎないベージュ色の様な趣であり、他種の石色や植物の緑とも非常に相性の良い石と言えるでしょう。
数を多く並べてもしつこく見えず、特に今回の様なナチュラル坪庭では大いに活躍してくれます。
坪庭の上段には濡れ縁が設置されており、こちら側からの眺めも大いに意識してデザインを行いました。
先に解説のソヨゴはこちらのアングルでは玄関ドアの目隠しとしても機能しており、最奥の眺めに濃いグリーンを添える事で坪庭の緑深さを演出しています。
坪庭上段のこちらでは高木雑木の枝葉がより身近に感じられる様になり、山の中へ入ってきた様な雰囲気を味わう事が出来るでしょう。
ご覧の様にこの高さになると植栽が風通しを妨げてしまう事もなく、中二階の窓からはしっかりと風が入ります。
この為玄関付近でも緩やかな風を感じられ、坪庭作りの際の重要点である「風通しの確保」をしっかりと取り入れております。
K様邸のデザインの大きな特徴であるのが坪庭を回遊する様な外階段であり、坪庭を一周巡りながら最上階へ到達する動線となっています。
外階段付近にも多くの窓が設けられている為、木々の緑は室内のあらゆる場所から感じられる様になっており、これは坪庭設計時にお客様よりいただいた大切なご希望でもございました。
高木について特に透け感を持つ木を吟味したのはこの点を重要視した為で、いくら緑濃い景観を作ったとしましても室内が暗くなってしまう事は避けなければなりません。
そしてこの「透け感」を維持するには適宜剪定が必要ですが、イロハモミジを単幹樹形としたのもこの点を考慮しております。
株立ち樹形の木々は好まれますが、幹が複数本あれば懐付近の枝葉はかなりの早さで混んでくるもので、単幹樹形であれば適切に枝の更新を行っておく事で透け感は維持する事が出来ます。
アオダモについては元々枝葉が少ない樹種となりますので株立ち樹形を選択できますが、あえて単幹のアオダモを複数本寄せ植えするという手法も野趣に溢れて美しい景観となるでしょう。
外階段を登れば高木よりも高い位置へ到達し、坪庭の全景を上から眺める事も出来ます。
とにかくあらゆるアングルから眺められる坪庭ですので設計~施工共に試行錯誤はございましたが、作庭者である私自身も気付かない面白さや風景も発見する事ができ、施工中は幾度と上からの眺めをチェックしたものです。
ナチュラルな坪庭作りでは、雑木を美しく飾る、見せる、と言いますよりも、元からそこに生えていた様な風景を作る、つまり植栽から既に年数が経っているかの様な風景を目指すのが良いかと考えております。
これに通ずるのが植栽本数の設計であり、自然界ではそれぞれの樹木に適切な空間が確保されている事を見れば、如何に空間がデザイン上大切であるかがお解りになるかと思います。
庭木の植え過ぎは必ず生育不良や枯れを招き、後々の管理面で多大な影響を生み出します。
限られた空間である坪庭だからこそ「自然な空白」が大切でありますので、坪庭作りをご検討中の方はご参考いただくのが宜しいかと思います。
この坪庭のメインとなる眺めは二階リビングからの景色であり、ご相談時や設計中もこのアングルに重きを置いておりました。
正確にはリビングルームも2段構成になっており、上段から大窓を介して眺める眺望と雑木が重なり合う、これが坪庭設計条件の要となっておりました。
木々を多く感じられても暗くならず、眺望も阻害しない、適宜剪定によって明るさも維持できる、この様な条件を加味しながら今回のナチュラル坪庭は完成に至りました。
林床の「暗」と上部の「明」がしっかり分かれた様は山間の風景そのものであり、自然の中にお住まいを新築した様な空気感を表現できたかと思います。
こちらの坪庭では建築段階より照明計画も進められており、私が作庭を行う時点で配線まで終えられた照明器具が5灯用意されておりました。
その内3灯は上部を照らし上げるスポットタイプであり、それぞれを昼間に目立たない場所へセットさせていただきました。
ライトアップ対象は3本の高木となっており、夜間には枝葉が柔らかく浮かび上がる様になっています。
また、安全面と景観面を両立させる様に石段に向けたスポットライトも設置しており、石段を構成する木曽石が立体的に浮かび上がる様子も大変美しいものとなりました。
立体感や高低差に富んだデザインはライトアップ効果も高くなるもので、要所に陰影が付いた坪庭も大変風情を感じられる様になりました。